第4回 江戸時代の白髪染(その2)

今回は江戸末期に登場した白髪染「美玄香」について調べてみました。また江戸の文化が明治時代に どのように影響を与えたかについても報告します。

1.江戸を代表する白髪染「美玄香」とは

(1)美玄香とは

江戸京橋南伝馬町の坂本屋友七が江戸末期に発売した白髪染で、別名「黒油」とも言われていました。

「江戸美人の化粧術」のなかでは、美玄香とは「美しく黒い、素晴らしい髪にする薬といった意味である」と書かれています。

この坂本氏が手掛けた、もっとも有名な化粧品が、白粉「仙女香」です。

仙女香

大変な人気を博した製品でしたが、明治になると坂本氏は化粧品から洋傘の店に転職、その後、昭和の初めには大きなビルを構えるまでになっていたようです。

仙女香ビル

「仙女香」の名前だけを残していたようですが、「美玄香」の方は忘れ去られてしまったようです。

(2)巧妙な広告戦略

白粉の仙女香や白髪染美玄香の名前は、意外な場所に残っています。積極的に宣伝しているわけではないようですが、目に付く方法です。

・浮世絵

歌川広重 東海道五十三次 関本陣早立

広重 東海道五十三次 関宿

拡大図

広重 東海道五十三次 関宿 拡大図

左側陣幕内の札に、仙女香と並んで「志らが薬 美玄香」とあります。(拡大図参照)

 

歌川広重 木曽街道六十九次 今須

木曽街道六拾九次 今須   

左側の札に仙女香と並んで「美玄香」と、その下に坂本氏の名がみえます。

読本

江戸の作家、滝沢馬琴は「傾城水滸伝」の中で,「鬢付油、元結は申すに及ばす、顔の色を白くする京橋南伝馬町稲荷新道の仙女香、美玄香に両天傘、御入用ならは、取寄せてあげませう」と宣伝している。他にも、柳亭種彦「にせ紫田舎源氏」にも登場しています。

川柳に見る「美玄香」

川柳にも美玄香、黒油としてよく登場します。

・今ならば実盛も買ふ美玄香(柳多留 百六十七)

・実盛は洒落る気でなし黒油(柳多留 百二十九・6)

・篠原香と名付けたひ黒油(柳多留 百二十五・14)

(3)黒油とは

「化粧ものがたり」には「江戸時代の白髪染めは黒油とか、白髪染めの黒鬢付けとよばれていましたから、油脂に油煙を練り合わせた、黒チックのようなもの・・・」とあります。黒油なら瓶入り、黒チックのような練り物なら貝殻の容器と思われますが、残念ながら現物がありません。私の意見としては、化政期落語本に「一包み 四十八銅」と書かれているので、美玄香は粉末で、「びんつけ油」に溶かして使ったのではと考えています。

こうした黒油は明治時代に引き継がれ、いくつかの製品が発売されています。

黒油広告(1)スミレ黒香油

黒油広告(2)パンドラ煉黒油

さらに、戦後カラースプレーとして、また現在もマスカラタイプとして形を変えて製品化されてきています。

マスカラタイプ

2.海外からの輸入

先回、商人買物独案内で「阿蘭陀伝来 志らが染薬」がありましたが、当時オランダとの交易はあったようで、ヨーロッパの染毛剤が輸入されていたようです。明治時代になってもこうした傾向は続き、外国人が日本の女性の髪を染めている錦絵「西洋新はつめい オヤオヤわかくなったねへ」(アド・ミュージア東京所蔵)に見られます。

また、明治時代の白髪染広告の本文にも外国からの輸入が多かったことをうかがわせるものがあります。志らが染「千代ぬれ羽」の広告文には「白毛赤毛染として高価なる外品の輸入を防止せる者はチヨヌレハ也」とあり、

千代ぬれ羽広告

またべつの広告には「・・・かの価不廉なる西洋白毛染に勝る事数等なり」とあります。

明治になっても、外国からの高価な白髪染を輸入していた様子がわかります。

さらに、外国からの輸入品を販売する広告もいくつか見られます。

海外品広告 ベーヤ

海外広告 ブラック

ただ、こうした傾向も大正時代になると、逆に日本は輸出国となり、中国、東南アジア、ハワイ、アメリカ西海岸、更には南米にも広がったようです。詳しくは明治後期で解説します。

3.庶民の白髪意識

今まで見てきた白髪染も。庶民の人たちが使ったと考えられますが、かなりの人たちは、今で言うところのガイドブック、実用書的なものを利用していたのではと考えます。こうした生活実用書的なものは、明治時代のも多数見られます。

(1)化粧指南書

この時代の代表的なものとして「都風俗化粧伝(みやこふうぞくけわいでん)」があげられます。

都風俗化粧伝

その中の「髪の部」には白髪への対応についていくつかの方法があげられています。

〇髪を黒くし一生白髪が生える事なき薬の伝

   えんじゅの実

えんじゅの実

 くろごま

〇白髪をとめきて黒い髪を生ずる薬の伝

   しょうがの皮

〇若白髪をなくす薬の伝

   くるみ

(2)実用書

この時代には、いわゆる「百科事典」のような冊子が多数あったようで、その中から以下の2点に白髪への対応についての記述がありましたので紹介します。

廣益秘事大全 民家日用   嘉永四年(1851)

 〇白髪を黒くする薬

黒大豆やザクロの皮を煎じたものを塗る。

秘事新書  慶応四年(1868)

 〇白髪を染る法

蒸留水にラーピス(硝酸銀か?)を溶かし、筆で髪を染める。日光に当たると黒くなる。

4.最後に

江戸時代に誕生した白髪染は、明治になって化粧品の「黒油、黒香油」となり、現在のカラースプレーやマスカラ、リタッチなどに変化しました。

またもう一方の志らが染薬は「おはぐろ式」といわれる製品や、銀を使用した製品として現在に続いています。

この様に、現在の白髪染の原点は江戸時代にあるといえるでしょう。

<文献資料>

・江戸美人の化粧術  陶 智子  講談社選書メチエ  2005

・化粧ものがたり  高橋雅夫  雄山閣出版  1997

・アドミュージアム  錦絵  https://www.admt.jp

・廣益秘事大全 民家日用  三松館主人  河内屋喜平衛出版  嘉永四(1851)

・秘事新書  本木昌造  慶応四(1868)

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