第9回 特別編 白髪染・ガラス瓶の歴史(その1)

ガラス瓶

1.はじめに

白髪染の歴史を調べる上で、製品の歴史を知ることは重要なテーマです。しかし、明治末期から飛躍的に拡大した白髪染ですが、当時の製品はほとんど見つかっていませんでした。ナイスや君が代、黒蝴蝶、元禄、るり羽など少数の有名な名前が登場するばかりでした。

近年、明治以降のガラス製品を発掘する「ボトルディギング」や、オークションサイトなどで、いろいろな白髪染製品が紹介されてきています。しかし、それらの製品がいつ頃のどのようなものであったかという情報や、歴史的な考察も十分されていませんでした。そこで今回からは、自分が製品として把握しているものを中心に、体系的に分類し、年代検討も行っていきたいと考えます。

特にガラス瓶については、今後新たな発見の可能性もありますから、皆さんの協力をお願いしたいと思います。

ガラス瓶

 

2.白髪染について

ここでは明治38年以降の酸化染毛剤を中心に取り上げますが、それ以前からの金属染毛剤も登場していますので、併せて紹介します。

(1)白髪染製品の基本構成(内容成分)

基本的には現在の白髪染めと同じですが、当時は非常に簡単な組み合わせです。

染料(酸化染料)

 酸化剤、または空気で酸化して発色します。粉末状態です。

 主な成分はパラフェニレンジアミン及びその誘導体です。

染料

糊料

 染料液を塗りやすくするための粘度を出すもので、粉末状態です。

 主な成分はふのり(海藻末)、でんぷんなどです。

糊料

 染料と糊料を混ぜ合わせる重要な成分です。

酸化剤

 染料を発色させます。

 主な成分は液体の過酸化水素のほか、粉末のものもあります。

(2)剤型の名称

上記の4種類の成分を用いると、次の組み合わせが考えられ、それぞれ以下のように命名します。

・( 染料+糊料+水 )・・・液体一剤式(初からす)

クロカミ

・( 染料+糊料 )・・・粉末一剤式(改良初からす)

改良初からす

・( 染料+糊料+水 )+酸化剤 ・・・液体二剤式(ナイス)

ナイス

・( 染料+糊料 )+酸化剤 ・・・粉末二剤式(黒蝴蝶)

黒蝴蝶

・( 染料)+( 糊料)+酸化剤 ・・・粉末三剤式(るり羽)

るり羽

・( 染料+糊料+酸化剤 )・・・粉末一剤式(新)(クロカミ)

クロカミ

それぞれの剤型の長所・短所は別表のとおりです。

  各剤型の長所と短所  
剤型 長所 短所
液体一剤式 髪に塗ったままで徐々に染まる 完全に染まるまで2,3日かかる
    液だれする
粉末一剤式 使用時加熱で粘度が出る 加熱する手間がかかる
液体二剤式 20~30分で黒く染まる 液だれする
粉末二剤式 使用時加熱で粘度が出る ガラス瓶2本でコストが高い
粉末三剤式 紙包みとガラス瓶1本で低コスト 加熱する手間がある
粉末一剤式(新) 水で溶くだけの手軽さ。  

 

3.白髪染・ガラス瓶について

白髪染にガラス瓶が登場したのは明治時代で、しかも現在にまでその情報が伝わる形(形状、エンボス)で登場した最初の製品が「千代ぬれ羽」でした。現在でもガラス瓶の白髪染はありますが、その役目は昭和30年代に終了しています。ですから、ガラス瓶の歴史はおよそ60年程度のものです。

本編では白髪染の歴史について、製品だけでなく技術、安全性、法令、理美容などの面から検討していますが、「ガラス瓶」に絞って白髪染の歴史を見ると、また違った白髪染の姿が見られると思います。

さらに、「ガラス瓶」が製品の年代指標となる可能性についても検討していきます。

 

(1)白髪染・ガラス瓶とは

白髪染ガラス瓶は、染料を含む成分、酸化剤を含む溶液を保存するために用いられており、年代順に以下のようなことが分かっています。

液体一剤式では、酸化剤がないのでガラス瓶が一本のみです。その形状も染料瓶と呼ばれる口径の大きいものが主流でした。その理由は、内容物に粘性があり、口径が小さいと入れにくいためと思われます。(初からす)

初からす

液体二剤式では、染料瓶と酸化剤瓶の二本となり、染料瓶を「甲」、酸化剤を「乙」のエンボスで区別していました。ですから「甲」「乙」のエンボス瓶はこの二剤式にしか登場しません。(ナイス)

ナイス

粉末二剤式では、液体二剤式と類似するので、ガラス瓶を転用していると思われます。使用説明書、製品ラベルなどの資料がないとこの剤型の断定はできません。(烏羽玉うばたま)

烏羽玉うばたま

粉末三剤式では、ガラス瓶は酸化剤の一本のみで、「るり羽」に代表される大量生産品は肉厚の丸瓶で、その他は肉薄のとっくり型に分かれるようです。(るり羽と山川)

るり羽山川

粉末一剤式(新)は大正末期に登場していますが、「クロカミ」に代表される小型で独特な形状の製品が登場します。(クロカミ)

クロカミ

(2)ガラス瓶の特徴

ⅰ.エンボス(陽刻)があること

瓶表面に製品名(ブランド名)、製造者、定容、定量などの文字が浮き出ています。

例はすくないですが、志らが染「黒蝴蝶」では、裏面に「宅間謹製」、白髪染「ラーベー」には「加納製」と製造者が記されています。

元禄宅間謹製加納製

過酸化水素を入れた瓶には、定容または定量の文字と線が引かれたエンボスがあります。過酸化水素は分解するので、この線まで入れて空間を多くとっていたのでしょう。

過酸化水素

また、商標のエンボスの例もあり、「千代ぬれ羽」は製品名が紙貼りでしたが、「からす」のエンボスがあったためこの製品であると確認できました。

初からす

ⅱ.過酸化水素を入れる容器であったこと

ガラス瓶は染料を入れた容器以外は、すべて過酸化水素が入っていました。

コルク栓を使用し、初期は樹脂やロウで封蝋、その後ひもや針金で縛って留めていました。

過酸化水素

そのため、口部にいろいろな工夫がなされています。

過酸化水素の入った瓶は針金やひもで留めるため、いろいろ工夫をしたものがあります。「るり羽」は針金止めの溝とくぼみが特徴です。

るり羽

 

ⅲ.形態に特徴があること   

・時代とともに、剤型とともに、瓶の形状が変化しています。

 初期の液体一剤式の頃は、口径の大きいもの  → 染料瓶

 液体二剤式になると             → 平瓶、角瓶

 粉末三剤式居なると             → 丸瓶

と、おおまかな傾向が見られます。勿論、これ以外の形状も多数存在します。

 

(3)剤型の変遷  

・明治38年(1905)、液体一剤式製品が登場する。

・明治43年(1910)、液体二剤式製品が登場する。

・大正初~中期、粉末三剤式製品が登場する

・大正末期~昭和初期、粉末一剤式(新)製品が登場する。

上記を年表にまとめてみました。

各剤型の変遷            
明治   大正       昭和    
38年 43年 元年     元年   30年
・液体一剤式            
   ・粉末一剤式            
  ・液体二剤式          
    ・粉末二剤式        
      ・粉末三剤式      
          ・粉末一剤式(新)  

このような順番で製品が登場する説明については、表「各剤型の長所と短所」で示した各剤型の長所・短所が関係しているものと思われます。先の剤型の欠点を改良して新たな剤型の製品を発売する。そしてまたそれを改良する、といった製品改良がガラス瓶の変遷を説明しています。

 

4.製品別解説

ここからは、製品パッケージが確認されているものを中心にブランドごとに紹介していきます。

現在、パッケージが見つかっている製品数は    34件

   ガラス瓶だけが見つかっている製品数は   42件

   製品名のみが分かっているもの      156件

第一回は以下の製品を紹介します。

    白髪染製品一覧表(その1)    
  製品名 発売年 発売元 剤型1 剤型2
1 ナイス 明治43年 丹平商会 液体二剤式 粉末三剤式
2 千代ぬれ羽 明治38年 服部松栄堂 液体一剤式  
3 わかやなぎ 大正9年頃 成毛英之助商店 粉末二剤式 粉末三剤式
4 テート 昭和8年 旭薬品商会 ⇒ 中北商店 チューブ二剤式  
5 ラーベー 大正中頃 加納ラーベー商会 液体二剤式 粉末三剤式
6 高砂 明治41年 東京化学化粧品研究所 液体一剤式  
7 新柳 昭和20年代 柴田商店 粉末三剤式  
8 清姫 昭和10年代 中外医薬生産株式会社 粉末三剤式  

(1)ナイス

発売年:明治43年  

発売元:丹平商会  発明者:深澤儀作

ガラス瓶:現在5種類確認されています。

製品タイプ:液体二剤式、粉末三剤式

「液体二剤式」には4種類(甲、乙各2種類)が知られています。

ナイスナイスナイスナイス

甲剤の違い

・エンボスの「志」と「ら」の字体が若干異なる。

・口部が円柱と円錐の違いがある。

乙剤の違い

・口部が円柱と円錐の違いがある。

「粉末三剤式」は1種類見つかっています。

ナイス

これは、昭和7年の粉末三剤式製品発売時に使用した瓶と思われます。

現在、ナイスの丸瓶はこの一点しか確認されていません。

・ナイス販売推移

 明治43年 小瓶(25g)35銭、中瓶(50g)60銭 大瓶(150g)1.5円

 明治45年 認可を得る

 大正 3年 新製男子用新小瓶 25銭

 昭和 7年 新発売赤函(粉末)25銭

<解説>ナイス瓶はその色と形が、現在でも人気の高いもののひとつです。ナイスの変遷については第7回で解説しています。販売推移からは、昭和7年の新発売しか確認できず、液体瓶の切り替え時期については、まだ不明です。

画像出典:ブログ「川原の一本松」2010,5,28

     「あんてぃかーゆ便り」2019,3,24

(2)千代ぬれ羽 

発売年: 明治38年 

発売元: 服部松栄堂  発明者:服部重右衛門

ガラス瓶:染料瓶タイプ1種類(大、小)

千代ぬれ羽千代ぬれ羽

インク瓶タイプ1種類が見つかっています。

千代ぬれ羽

製品タイプ:液体一剤式

千代ぬれ羽販売推移

明治38年 発売 大瓶30銭 小瓶17銭

明治39年 黒田市之助商店からも発売

同商店は服部重右衛門が奉公していた親戚の店です。

明治44年 改良チヨヌレハ 大瓶32銭 小瓶18銭

明治45年 新製千代ぬれ羽 復式 大瓶35銭 単式 大瓶35銭 小瓶20銭

大正 2年 従来の「元禄形箱」を再発売 大瓶30銭 小瓶17銭

昭和 9年 錠剤式千代ぬれ羽 発売 

<解説>最近発見された「千代ぬれ羽」ですが、従来から知られているガラス瓶は、初期タイプであることが確認されました。まだほかの剤型は見つかっておらず、調査が必要です。

画像出典:ブログ「平成ボトル倶楽部日記」2015,1,18

     ブログ「拾うたんじゃけえ!」2019,4,2

(3)志らが赤毛染 「わかやなぎ」

発売年:大正9年頃

発売元:成毛英之助商店

ガラス瓶:平瓶、丸瓶

製品タイプ:粉末二剤式、粉末三剤式

この製品には乙剤の説明書きがあったので「粉末二剤式」であることが分かりました。

志らが赤毛染 「わかやなぎ」志らが赤毛染 「わかやなぎ」志らが赤毛染 「わかやなぎ」

成毛英之助略史

創業者成毛英之助は明治6年(1873)、小見川(現在の千葉県香取市)に生まれる。13歳で日本橋本石町の薬品会社に丁稚奉公、その後同店、守田重次郎の店員として36歳まで勤める。その後独立し、海外の殺鼠剤、コモンセンス、ラット、エキスターミネーターなどにヒントを得て「猫いらず」を開発する。また、白髪染「わかやなぎ」も発売。

昭和5年(1930)、57歳で死去。

なおこの内容は、昭和5年1月24日付け朝日新聞紙面に「謹で辱知各位へ告別、臨終の牀上に於て」との題名の全6段広告より抜粋しました。

<解説>成毛英之助商店は「猫イラズ」で有名ですが、大正時代半ばに発売した「わかやなぎ」は

「ナイス」にそっくりな瓶の組み合わせとなっています。ところが、ナイスと異なるのは、染料の

入っている瓶には水がなく、表書きに「この瓶で三杯の水を加え・・・」とあります。つまり

「わかやなぎ」は粉末二剤式の白髪染であることが分かりました。調べてみると他にもいくつか見つかり、むしろ「液体二剤式」を確認するのが難しいようで、大正時代初めに発売された二剤式は、粉末タイプであったと推測しています。

画像出典:ブログ「ジリジリ」2011,9,5

     ブログ「平成ボトル倶楽部日記」2014,6,1 

(4)最新式白毛染 「テート」

発売年:昭和8年

発売元:旭薬品商会 → 中北商店(現中北製薬) 発明者:伊藤綱吉 

ガラス瓶:平瓶、丸瓶

製品タイプ:チューブタイプ二剤式

最新式白毛染 「テート」最新式白毛染 「テート」最新式白毛染 「テート」最新式白毛染 「テート」最新式白毛染 「テート」

<解説>「テート」はチューブタイプという珍しい製品です。名古屋を中心に発売されていたようです。箱に記載の「特許118296号」を調べると、どうやらチューブには、現在一般的なクリーム状とは異なる感触の、糊状のものが入っていたようです。写真32-1はチューブではなく、ガラス瓶です。戦中戦後と金属が不足していた時代なので、ガラス瓶に詰めて販売していたようです。(箱には金属チューブをガラスチューブに変更しましたとの記載がありました)

同じ例として、「わかやなぎ」も染料の入ったガラス瓶の製品がありました。それは写真2にあるように、染料を包んでいるのは錫箔かアルミ箔ですが、戦時中これらの金属が不足してその代わりガラス瓶に詰めていたようです。このように、容器からも製品の時代が分かります。

テートに関しては、旭薬品商会時代から中北商店に引き継がれたいきさつなどが「中北製薬250年史」に詳しく書かれています。ちなみに、「tete」とはフランス語で「頭」の事のようです。

画像出典:ブログ「川原の一本松」2013,4,22

                2015,7,28

        「あんてぃかーゆ便り」2018,3,9

(5)最新志らが赤毛染 「ラーベー」

発売年:大正時代半ば

発売元:加納ラーベー商会(富山市)

ガラス瓶:平瓶、丸瓶の2種類

製品タイプ:液体二剤式、粉末三剤式

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<解説>日本三大薬種街は東京(日本橋)、大阪(道修町)、名古屋(京町)ですが、これ以外にも富山、徳島、奈良、佐賀など薬で有名な所には白髪染もあるようです。ラーベーは大正14年の広告があることから、かなり古い製品のようです。ラーベーに関しては「ブログ ボトルソウドウに詳しく書かれていますので、ご覧ください。ちなみに「ラーベー」とはパッケージにもあるように「からす」のことです。なお、ラーベーは「液体二剤式」としましたが、わかやなぎのように「粉末二剤式」の可能性もありますので、さらに調査を進めたいと思います。

画像出典:ネットオークション

     ブログ「ボトルソウドウ」2016、11,19

                 2019, 1、31

(6)志らが 赤毛染 「高 砂(たかさご)」

発売年:明治41年頃

発売元:東京化学化粧品研究所(東京市神田区)

ガラス瓶:広口染料瓶の1種類

製品タイプ:液体一剤式

志らが 赤毛染 「高 砂(たかさご)」志らが 赤毛染 「高 砂(たかさご)」

<解説>「高砂」は、明治38年の千代ぬれ羽の後に続く液体一剤式の製品です。紙貼りのため、ガラス瓶にエンボスはないようです。現在液体一剤式で発見されているのは、ほかに「初からす」だけですが、前回報告したようにまだいくつも発売されていますので、更に見つかることを期待します。

画像出典:ネットオークション

(7)志らが染 赤げ染 「新 柳(しんやなぎ)」

発売年:不明(おそらく昭和20年代と思われる)

発売元:株式会社 柴田商店 (一宮市新柳通3丁目9番)

ガラス瓶:定容瓶1種類

製品タイプ:粉末三剤式

志らが染 赤げ染 「新 柳(しんやなぎ)」志らが染 赤げ染 「新 柳(しんやなぎ)」

<解説>「新柳」は地元の地名を採用したようで、戦後この地域で販売されていたもののようです。ガラス瓶にエンボスがないことから、戦後の需要期に各地に登場した製品の一つでしょうか。

画像出典:ネットオークション

(8)白毛赤毛染 「清 姫(きよひめ)」

発売年:不明(昭和10年代と推定)

発売元:中外医薬生産株式会社(三重県)

ガラス瓶:丸瓶、定容瓶の2種類

製品タイプ:粉末三剤式

白毛赤毛染 「清 姫(きよひめ)」白毛赤毛染 「清 姫(きよひめ)」

<解説> 「清姫」は2種類のガラス瓶が見つかっており、初期のものはエンボスのない丸瓶タイプ、るり羽瓶に類似した定容瓶にはエンボスがあり、おそらく昭和20年以降のものと思われます。

 

画像出典:ネットオークション

     ブログ「ケラダマヒ」2017、2,16

<参考資料>

・ガラス瓶の考古学  桜井準也  六一書房

・日本のレトロびん  平成ボトル倶楽部  グラフィック社

・中北製薬250年史

・丹平製薬70年史